【惡の華】仲村佐和のその後についてネタバレしていく

どうもこんにちは春日(嘘)です。今回は、仲村佐和が夏祭り事件以降、どのような人生を歩んだのか、あの事件のその後についてネタバレしていこうと思います。

「あの事件」の「その後」なんて指示語ばかりで申し訳ありませんが、惡の華をご覧になっていれば何のことだかわかるはず。もしまだご覧になっていければ、こちらから無料で『惡の華』を読んでから本記事を読むことをおすすめします。

仲村佐和の中学生時代

奇行が目立つ

第1巻第1話にて、テストを返却してくる担任に「白紙で提出ってお前な、そんなんで社会に出て通用すると・・・」という担任に対して、「うっせークソムシが」

曇りなき眼で担任の目を凝視して発言する仲村さんの目には一切の曇りはなく、本心で言っているのだということが客観的に見て取れます。まあ、普通じゃないですよね。

小学生、中学生、高校生と学年が上がるにつれて、一般的に教師と生徒との関係は、絶対的なものから友人のように変化していく傾向にありますが、中学生の頃はまだまだ教師の権限は強いのです。

そのためある種逆らってはいけない存在である教師に対して、暴言の中でもだいぶ位の高い暴言を吐き散らした彼女は何かしらおかしい。一般的には「仲村は精神病」と言われますが、それは違います。

仲村さんは仲村さんの中に一本の筋の通ったルールがあります。それに沿って行動しているだけなのです。

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昼休みはぼっち飯

とはいえ、中村さんは教師を含めたすべての人物をクソムシと捉えています。

そのため彼女の精神世界を理解しようと努めてくれる存在、例えば友人はおらず、昼休みにはボッチ飯をしていることが明らかになりました。

仲村さんは仲村さんのルールに基づいて行動した結果、周りの人間を拒絶しているのですが、周りの人間にもルールがあります。自分を敵とみなしてくる相手はこちらからしても敵である。

したがってクラスメイトから仲村さんは敵視され、もしくは危険視されることとなった結果、彼女はぼっち飯をしていたということです。

皮肉なことに、この仲村の孤独のグルメを終わらせてくれたのは、仲村が敵視する選ばれしクソムシである佐伯菜々子でした。仲村さんも佐伯さんの好意をそのまま受け取れていたら、あんな事件にはならなかったはずなんですけどね。

春日と契約したマスター

仲村さんは自分と春日のことを「変態」と呼んでいます。

これは自分たち以外のことを「クソムシ」と呼ぶことに対する彼女なりの対義語となっています。仲村は周りのクソムシたちと違う感性を持つことにより、疎外感、そして孤独感を常に感じていました。

そして体操服を盗んだ春日高男を見て、「彼も私と同じだ!」と仲間を見つけられたことが嬉しく、毎日行動をともにするようになり、いつかこの街を出て、「向こう側」にたどり着く希望を持てるようになったのです。

しかし後に、「向こう側はない、偽物の変態!」という言葉を残し人生を終えようとしますが失敗。二人の行動はその街のすべての人間の知るところとなり、気まずさから春日家、仲村家は夏休みの間に他県へと引っ越すことになりました。

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仲村佐和のその後

千葉県銚子に引っ越し更生

例の事件以降、春日は埼玉県に引っ越し、そこで再度中二病を患ったまま行動していますが、同じく読書好きの美少女:常磐文との出会いにより更生。

高校生編でも春日は「クソムシ」になろうと志しているようなシーンもありますが、それはやはり無理。普通にも変態にもなりきれない中途半端な状態をフラフラしていました。

そこで出会った常磐により、春日にとっての本が単なるアイデンティティを補強する鎧ではないことに気づき、ようやく普通になっていきます。

しかし春日の心のなかには最後に残ったしこりがあり、それは仲村さんと直接話すことでしか解消することができないものでした。

そして祖父が危篤状態となり、お見舞いで群馬県に戻った際に、旧友木下亜衣と再会したことにより、仲村佐和の現在について、木下の知っていることをメモにしてもらうことができました。

仲村は、お母さんに引き取られて千葉の銚子にある外川という町にいる。

 

家は食堂(?)か何かをしている。

とのことで、常磐文と二人、仲村に会いに銚子を訪れる事になり、そこにいたのは、かつてよりも髪が伸びた黒髪美少女の仲村佐和でした。

前を向いて生きている

春日は仲村に会わなければかつての事件を終わらせることができないと思いつめていたのですが、仲村はおそらくすでに過去との決別が完了していました。

あの事件以降、食堂を経営している母と二人、静かに海の見える街で暮らすことで、かつてのような中二病を発症することもなくなり、危険行動を起こすこともなくなっているようでした。

そして春日と手を合わせながら、

「キミは、付き合ってるの?その人と。」

そして春日が「うん」と答えると、

そうやってみんなが行く道を選んだんだね。じゃあ、頑張ってね。

直後に常磐文が「あなたには春日くんと生きていく道がある!」と発言していることから考えても、やはり仲村は春日に対して特別な感情があることが示唆されています。それはおそらく、かつての変態仲間ということだけではなく、異性としての感情。

そして仲村も現在はそれをわかっている。だからこそ常磐文の存在を知り、その場から去っていこうとしたのではないでしょうか。

これって、いわゆる普通の三角関係ですよね。

春日を取り合う常磐と仲村。普通の高校生の恋愛であり、以前の仲村佐和と春日高男が嫌悪していたクソムシの行動なのです。それを春日も仲村もできるようになったということは、彼らはもう変態ではない。クソムシ、すなわち普通の恋愛に勤しむ普通の人間なのです。

仲村さんは感情表現方法が独特のため、行動理論が把握しづらいのですが、上記のことを考えるとすでに仲村は中二病でもなく変態でもなく、ついにクソムシになることができたのです。

中二病を脱しクソムシへ

ここで言うクソムシ、変態というのは「惡の華」の中ではしっかりと定義されています。

それはどの登場人物も名言はされていませんので、かなり抽象度が高いのですが、しっかりと存在しています。そして彼らはついにクソムシになることができ、ようやく”ふつうにんげん”となることができました。

さらに仲村佐和がクソムシとなった春日に対して、”ふつうにんげん”と称しているということは、仲村の心境にも大幅に変化があったということ。

春日はあの頃、変態とクソムシの中間にいました。

どちらにもなれない中途半端なところにいました。しかし今は常磐文と一緒に生きていくために、かつて自分が嫌悪していたつもりだったクソムシになろうと必死にもがいています。そして心身ともにクソムシになるために最後の最後、それが仲村と会い、過去との完全な決別だったのです。

そして仲村からしたら、春日はあの頃と同じ、対して変わってはいません。

好きな子ができて、それでもクソムシと変態のどちらにもなれない存在です。だから春日は中学時代と同じなのです。しかしそんな春日を形容する言葉が変わったのです。

クソムシからふつうにんげん

この言葉はつまり、仲村の心境の変化をそのまま表していると考えられます。

嫌悪していた存在からふつうの人間。マジョリティをそのままマジョリティの普通の人間として認識できるようになったということ。仲村さんもきっと、恋愛に勤しみ毎日苦悩する人間を認められるようになったということだと思います。

ここは映画版「惡の華」を見てようやくわかりました。非常にいい作品でした・・・

まとめ

中学生時代には暴虐の限りをクソムシに対して行ってきた仲村佐和でしたが、高校生になり、ついに自分もマジョリティに加わることとなりました。結局当時からマジョリティであるクソムシに対して憧れがあったのではないでしょうか。

自分もそこに加わりたいけど、感性が合わない。妥協して一緒にいることもできるが、決して妥協したくない

そうして普通から離れていった結果、クラスで孤立。そうしてどんどん孤独のロードを突き進んだ結果、クソムシVS変態という構図でした。とはいえ孤独が辛くない人などいない。仲村さんもその一人だったのです。

だからこそ春日を自分の仲間だと思いたかった、だからこそ一緒にいたがった、ついてきてほしかった。

その間に特別な感情が芽生えたことに気づいたのは高校生時代になってからだったということです。やっとふつうにんげんになれたお二人、おめでとう。君たちが知るように、この世界の大半はクソムシなのです。

もちろん私もクソムシの一員だけどな!

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