【志乃ちゃんは自分の名前が言えない】あらすじネタバレと感想

「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」は、押見修造氏の漫画作品です。

押見修造氏といえば、アニメ化・実写映画化された「惡の華」や、現在連載中の「血の轍」など、ハードな展開やえぐられるような心理描写が人気の漫画家さんですよね。

それらの作品は巻数も多いのですが、「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」は全一巻で完結しており、読みやすいのでこの作品から読んでみるのもいいかもしれません!

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私は初めてこの漫画のタイトルを見たとき、

「え?自分の名前が言えないって、いったいどういうことなの?どうして言えないの?言えなくても大丈夫なの?」

といった疑問が頭に浮かび、どんなお話なのかとても気になりました。

今回は「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」のあらすじと感想を紹介していきます!

大島志乃の吃音症

この作品はタイトルどおり、自分の名前が言えない女子高生、志乃の物語です。

主人公大島志乃は、高校に入学したばかりの女の子。入学式の日、クラスでの自己紹介で順番が回ってくるのですが、志乃は「大島」という自分の苗字を発音することができません。

顔を紅潮させ、涙目になりながら「おっ、おっおっ!」と繰り返すばかりで、クラスの笑い者になってしまいました。

これは、最初の音が連続してしまい言葉が出てこない、典型的な吃音症の症状の一つです。

入学式前日、自室で練習していたときは言えていたことから、自己紹介のような人前で緊張する場面で症状が出やすいのかもしれません。

また、不安げに「だいじょうぶだいじょうぶ」と自分に言い聞かせるように練習していたのは、そのような場面で吃音が出てしまうという自覚があったからなんでしょうね。

私も自己紹介が昔から大の苦手だったので、新学期は不安でいっぱいで、憂鬱だったなぁと学生時代を思い出しました。

前の人の話なんて全く頭に入らず、自分の番が近づくにつれ緊張が高まり最高潮に達する志乃の追い詰められ方がリアルで、こちらまでドキドキしてしまいました。

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入学早々笑われて、クラスに馴染めない志乃。授業中の音読もできず、クラスメイトや教師に呆れられてしまいます。

学校ではみんなに見られている中で一人ずつ発表をさせられる機会が多く、吃音症など話したり表現したりすることに不安がある生徒にとっては苦難が多いものだなぁと痛ましく思いました。

身の置き場がないような志乃の姿が見ていてつらかったです。

加代と菊地の存在

 

グーグル検索より引用

物語の中で志乃と関わっていく2人のクラスメイトがいます。

一人は岡崎加代です。彼女は少しとっつきにくい雰囲気をしていますが、中身は優しく熱いところもあるのです。

 

音楽が好きでギターが上手いけど、残念ながら音痴!そしてハッキリと物を言うことができる女の子です。志乃と凸凹の関係と言えるかもしれません。

ひょんなことから志乃と仲良くなり、フォークデュオ「しのかよ」を結成し、文化祭に出ようとします。なんと志乃は、歌ならつっかえずに上手に歌えるんですね。加代は「しのかよ」の活動に熱心に取り組みます。

もう一人は菊池です。彼は、志乃の自己紹介の時に一番に笑い出した男子生徒です。さらに志乃の吃音の物真似をして笑いを取るなど、志乃にとってはトラウマ的存在。

路上で練習していた「しのかよ」に遭遇し感動した菊池は、2人に混ざりたがり半ば強引に練習に参加します。

いつも絶妙なタイミングで現れ志乃の心をかき乱すお邪魔虫のような登場人物ですが、悪気がなく素直で、憎めない性格でもあります。

また、本人も空気が読めずやらかしてしまう欠点を気にしているようです。

志乃は我慢の連続

本作品には、心の声の描写が一切無いため、志乃の心情が言葉として語られることはありません。ですが、押見修造氏の表現から、言いたいことを言えずに我慢してしまう様子が見て取れます。 

例えば、担任に「がんばろう!」と励まされたときの諦めたような表情。菊池に物真似をされた時の俯いた姿。などなど。

後半、「しのかよ」に菊池が入り込んできたときはさらにつらそうです。

高校で初めてできた友達・加代との間に、自分を馬鹿にした菊池がグイグイ割り込んできて嫌だったと思います。

でも加代の手前、嫌だとも言えない板挟みのような気持ちや、加代をとられたような気持ち、またそれらに対する自己嫌悪なども入り混じっていたんじゃないかなぁと想像します。

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我慢し続け気持ちがいっぱいいっぱいになった志乃は、練習中に耐え切れなくなりついに加代と菊池から逃げ出してしまいます。

それから二人のことを避け続け、偶然会った菊池にも拒絶するような態度を取ってしまう志乃。しかし最終的に、文化祭で行われた加代の演奏を聴いた志乃は、抱えていた感情を吐露します。

このシーンは、吃音にまつわる怒りや恐怖、自分で自分を馬鹿にしてしまうつらさなど、これまで志乃が一人で背負い込んでいた素直な心情が表れていて、とても共感できました。

そして全てを語り切った志乃は、「これからもこれがずっと私なんだ」とそんな自分自身を受け入れることができたようでした。

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まとめ

作品中に「吃音」という具体的な言葉は登場しないものの、志乃が典型的な吃音症だということは見て明らかです。また、学校生活において、吃音症に伴う悩みや精神的ストレスを感じているように見えます。

そんな彼女と交流する加代と菊池も、それぞれ音痴や空気が読めないことなど、表現や対人において抱えている弱点があります。

「自分の名前が言えない」というタイトル通り、物語のキーになるのは志乃の吃音症です。しかしそれだけではなく、青春時代の人間関係における爽やかな喜びやヒリつくような感情の動きも重要なテーマになっていると感じます。

志乃や加代の、自己否定から自己受容・自己肯定への移り変わりも読み取れます。

よって、吃音症の人でもそうでない人でも、誰にでも共感できる部分がある作品だと思います。

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