【ぼくは麻理のなかネタバレ】母親と麻理の関係について考察

どうもこんにちは春日(嘘)です。今回は、「ぼくは麻理のなか」の麻理の母親について書いていこうと思います。

初回登場からだんだんと狂っていくように思われますが、実は結構前からやばかったのです。それも麻理が生まれた頃からその片鱗があったと思われます。だからこそ麻理は’麻理’になり、それ以前のアイデンティティと相反し、今回の事件に発展しました。

つまり、’麻理と小森が入れ替わった’事件のきっかけは麻理の母親にもあると思っていいでしょう。

だからこそ今回は麻理の母親に関しての記事を書いていこうと思います。

母親がちょっと異常

ふみこから麻理へ

もともと麻理の母親は、娘に関してかなり独占欲が強く、すべて自分で決めたいタイプの方です。

ここまではごくごく普通の人なのですが、その欲求が強すぎたようですね。

吉崎麻理は今でこそ吉崎麻理ですが、出生時には吉崎ふみこという名前がつけられていました。この名前は父方の祖母がつけた名前であり、父親もそれに同意したためにふみこという名前となりました。

しかしその時点で’麻理’と名付けたかった母親はずっと名前に関して疑問をいだいており、祖母が亡くなった後に強引に’ふみこ’から’麻理’へと改名したのです。

確かに私もオーダースーツを買いに行ったときにはボタンの色やベント(ジャケットの裏側の切れ込み)がセンターかサイドかでかなりこだわるタイプです。1度サイドにしたものの、後になって気になったのでお店に電話をかけて強引にセンターに変えてもらいました。

私のように気に入ったものはとことん自分好みにしなければ気がすまない人はいると思います。

しかし麻理はオーダースーツではなく人間です。だからこそ簡単に変えていいものではありません。

名前というものはその人のアイデンティティを形成する最も大きな部分であり、そこをコロコロと変えていいものではありません。名前を変えてしまうということは、その人のアイデンティティに大きな影響を与えます。

自分が誰なのかわからなくなってしまうという重大な問題が生じる可能性があります。事実麻理は自分を見失い、さらに祖母がつけてくれたのに強引に変えてしまったという罪悪感も混じり、全く違う人格に逃避してしまいました。

自分の娘が大事だと思うことはごくごく当たり前のことですし、特に名前もかわいいもの、自分が思う最高のものにしたいと思うのも当然のことです。だからこそ命名の際にもっとよく話し合うべきだったのだと思います。

麻理が多重人格になったのは明らかに改名が原因です。母親として、祖母に負けてはいけなかったと思います。

メンヘラ気質

そして物語も終盤になり、少しずつ麻理の意識が戻りつつある頃、依に’ふみこ’という名前を聞かれた際に強烈に印象に残る怒り顔をしていたことからもわかるように、少しヒステリックな部分もあります。

そして麻理の意識の中で、吉崎麻理の人格と「自分が小森功」だという偽の人格、そしてかつてふみこであった記憶が統合している最中、吉崎麻理の体は布団に寝たきりになってしまいました。ある日麻理はベッドに横になったままおもらしをしてしまいます。

それを見た母親は麻理の携帯を取り上げ、思いっきり壁に投げつけました。

麻理の母親「ねえ麻理!ほんとは聞こえてるんでしょ!?いい加減に怒るわよ!」

もう十分怒ってるやないの・・・

携帯破壊したら怒ってるとかそういう次元じゃないのです。

そして依に言い負かされた母親は自分の思い通りにならないことを辛く感じ、「出ていきます」との書き置きを残して家を出ていってしまいました。彼女の言動はかなり感情的な部分が強く、現代風に言うとややメンヘラチックな部分があると感じています。

母の目とヒロキの目

最後に、個人的に気になったのはももかの彼氏・ヒロキが強引に麻理にキスをしてきた時の目と、麻理を見る母親の目が同じだったということ。

ヒロキはももかと付き合う前に麻理に告白をしていたこともあり、麻理に好意があることは間違いありません。さらにももかと別れて麻理と付き合おうと突然やってきた際に、一方的に麻理にキスをしてきました。

ヒロキ「俺今、超気持ちよかった・・・麻理ちゃんは?」

客観的に超絶キモいんですが・・・

最近の高校生ってみんなこんな感じなんですかね?

そしてヒロキは高校生ということもあって性欲の奴隷です。その他大勢と同じく、麻理がかわいいから麻理のことを好きだったわけです。つまり外面を見ているわけであり、それは麻理の望まないことです。

吉崎麻理(意識は小森)が「私を見ろよ!」と言っていたことも、外面しか見てもらえていないことを指して言った言葉です。

そして先程、キスをした直後のヒロキの目と、普段麻理を見ている目が同じだったのです。

これは母親もヒロキ同様に麻理の外見しか見ていないことのメタファーであると思われます。押見修造氏の漫画にはあるあるの細かい表現ですね。

’ふみこ’から’麻理’へと改名したことから見ても、私にとってのスーツのジャケットのベントをサイドからセンターに変える程度のものだと思っていたのかもしれません。

’人格’と’名前’の関係を少し甘く見ていたのかもしれませんね。

まとめ

麻理の母親は別に異常者ではありません。

感情的な言動が多いだけで、そこまでヤバい人ではありません。

しかし麻理の外面を眺めてうっとりするだけで、麻理本人の精神的な部分までを見れてはいなかったのです。少なくとも麻理はそのように感じていたわけです。

そのため麻理に小森の意識が芽生え、今回の入れ替わり騒動に発展しました。ですので名前は誰しもが持つものであるため、誰しもが名前を持つ意味を考えてはいなかったのかもしれません。

そんなことを考えるようになり、私も将来子供ができたら絶対に妥協しない、最強にかわいいorかっこいい名前をつけたいなあと、センターベントのジャケットを着て文章にしたためております(笑)

一度確定したらもう変更ができないものだからこそ、何者にも屈しないように、命名の儀をいつか行いたいと思います。

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